高島 勇二がパソコン事業を始めたきっかけ

現在は株式会社MCJの社長である高島 勇二。そんな高島 勇二はパソコン事業を手掛け、現在まで会社の規模を拡大してきました。
では高島 勇二がパソコン事業を始めたきっかけはどんなところにあるのでしょうか。

高島 勇二は埼玉県春日部市に生まれました。高校を卒業後、祖父が起こした高島衣類店に入社しました。
パソコン事業を始めたきっかけは、3000万円の借金を抱える衣料販売の有限会社を祖父から引き継いだことにあります。 当時、高島 勇二は借金を返すためにとにかく何でもやっていました。
その時にパソコンを使って車の仲介事業をやっている時に、「パソコン販売がビジネスになるのでは?」と考えたのがパソコン事業を始めたきっかけです。
引き継いだ会社の社名をマウスコンピューター株式会社に改名し、BTOパソコンの販売に特化した会社として高島 勇二は新たなスタートを切りました。
高島 勇二曰く、マウスコンピューターがBTOパソコンの販売に特化したのはパソコン本体を仕入れる資金がなかったためと言われています。

高島 勇二は、顧客が「買って本当に良かった」と実感する製品を販売したいという思いがありました。 それから高島 勇二は地道にパソコンを売り続け、企業から3年で借金を全額返済しました。
それからもパソコン事業に力を入れ、現在の規模まで成長していったのが高島 勇二が社長を務める株式会社MCJなのです。 借金を返すためのアイディアだったパソコン事業が当たり、現在の日本のITを支える企業まで成長していきました。 もし祖父の会社に借金がなかったら、高島 勇二の会社はパソコン事業をしなかったかもしれません。